ティナは、誕生日の夜、夜空を見上げてこういいました。
「あの空の向こうにも、わたしみたいに空を見ている子がいるのかな？」
お父さんはこう答えました。
「そうだね。ティナが大きくなる頃に会いに来てくれるかもしれないよ。」
ティナはちょっと嬉しくなりました。
ティナは今年で６歳になります。いつも夜空の星を見上げて、あの星のどこかに、自分と同じようにこちらを見ている人がいるのだと信じていました。なぜって、それはわかりません。でも、こんなにたくさんお星さまがあるのだもの。そのどれかに人がいたって不思議じゃないでしょう。
ティナはベッドの中で、いつか会えるかもしれない夜空の向こうの人のことを考えながら眠りました。
真夜中のことです。
ティナはなぜか目を覚ましてしまいました。夜なので、部屋の中は真っ暗です。でも、なにかいる気配を感じます。ティナはこわくなって、お父さんとお母さんのいる部屋へ行こうと、自分の部屋を出ようとしました。
「待ってよ。」
ふと、ティナの後ろから声が聞こえました。
「だれ？」
ティナはその声の主に尋ねました。
「だれって、ぼくだよ。いつもきみがぼくのことを思ってくれてたじゃないか。」
ティナはびっくりしました。
「もしかして、夜空の星の人？」
「そうさ、きみがあんまりぼくに会いたがっているみたいだから、会いに来たんだよ。」
ティナのこわい気持ちは、その瞬間一気に吹き飛んでしまいました。かわりに、うれしさと好奇心でティナの心はいっぱいになりました。
「わぁ、星の人かぁ。」
ティナには、まだその声の主、星の人の姿がよく見えません。
「ねえきみ、この部屋暗くて、きみの姿がよく見えないんだけど。」
「そうかい。」
星の人はそういうと、急にぱぁっと部屋が明るくなりました。どうやら光っているのはその星の人のようです。今度はまぶしくて、ティナにはその姿が、やはりよく分かりません。でも、そんなことはどうでもよくなりました。
「きみ、不思議な人ね。」
「ぼくから見れば、きみのほうがずっと不思議さ。」
ティナは、自分が不思議だといわれてちょっと戸惑いました。
「なんでわたしが不思議なの？」
「だって、きみは６歳だろ。ぼくらの星では、６歳はもう大人で、自由に空に出て好きな星へ旅ができるんだ。なのに、きみはこんなせまい部屋に閉じこもっているなんて。」
なんと、その星の人の星では、６歳はもう大人なのだそうです。でも、やっぱりティナには分からないことがあります。
「空に出て好きな星へ旅ができるって、どういうこと？」
星の人は、その光の向こうからちょっとおどろいたようなしぐさをしたように見えました。
「ふうん、きみは空を旅したことがないんだね。」
「飛行機なら乗ったことあるよ。スコットランドのおばあちゃんのところへ遊びに行くときは飛行機に乗るんだ。」
「飛行機って、この星のそらをときどき飛んでいるばかでっかい鉄のお化けのことかい？」
ティナはそれを聞いてちょっとおかしくなりました。
「鉄のお化けだって。あれは乗り物よ。」
「へえ、きみたちはあんな乗り物に乗らないと空が飛べないんだね。」
「じゃあ、きみはどうやって空を飛ぶの？」
「簡単なことさ、飛びたい、と思えば飛べるさ。」
「思うだけで飛べるの？」
ティナには、星の人がちょっぴりうらやましくなりました。
「思っただけで飛べるの。じゃあ、今からスコットランドのおばあちゃんに会いたい、と思えば、おばあちゃんのところまで飛んで会いに行けちゃうの？」
「もちろんさ。じゃあこれから行ってみるかい？」
「本当？」
ティナはわくわくしています。
星の人の光がちょっと弱くなりました。すると、その中の顔の表情がわかるようになりました。星の人は分かっているようです。
「ぼくに手をふれてごらん。」
ティナは軽く星の人に手をふれました。
すると次の瞬間、ティナの体から体重が消えたような感じがして、そのまま屋根を突き抜けて夜空に一気に飛び上がっていきました。でも屋根に穴はあいていません。その屋根もすぐにマッチ箱ほどの大きさになり、やがて街全体が見渡せる高さになりました。
「わぁ、すごい。きみ、すごいのね。」
ティナが喜ぶのを見て、星の人はちょっと得意になりました。
「スコットランドだね。ここからちょっと北に飛べばすぐ着くよ。」
そういうと、下に見える街が一気に南に流れていきました。いや、動いているのはティナと星の人の方です。下の風景がものすごい勢いで南へ流れていくように見えます。街の明かりがなくなったら、しばらく森がつづき、その間を川が流れていました。そして山を越え、湖の上に来たとき、光り輝きながら飛んでいる自分たちの姿がその湖面にうつっているのが見えました。
「なんだか、流れ星になっているみたい。」
ティナは感動でいっぱいです。
「さあ、もうすぐスコットランドだよ。」
北の方に薄い街明かりが見えてきました。夜中なのでそんなに明るくありません。
「あ、あそこがおばあちゃんの家よ。」
ティナは川のほとりにある小さな石造りの家を指差していいました。
「じゃ、おばあちゃんとご対面だ。」
その瞬間、星の人の光が急に強くなってティナはまぶしさのあまり目をつむってしまいました。
そして次に目をあけると、おばあちゃんのベッドの横に立っていました。おばあちゃんは気持ちよさそうに眠っています。でも、星の人の姿がみえなくなってしまいました。その部屋には、眠っているおばあちゃんとティナの二人だけです。
「起こしちゃかわいそうだな。」
ティナはしばらく遠慮気味にそこにたたずんでいましたが、おばあちゃんはそれに気づいたのか目をさましてしまいました。
「おや、ティナじゃないかい？どうしたんだい。それより、どうやってここへ？」
ティナは、信じてもらえないだろうな、と思いながら、遠慮気味にこう答えました。
「星の人が連れてきてくれたんだ。お空を飛んだんだよ。とっても気持ちよかったんだ。」
おばあちゃんは、ちょっとびっくりした顔をしましたが、すぐ笑ってこういいました。
「へぇそうかい。じゃあ、ティナは星の人に気に入られたんだね。」
「え、そうなの？」
おばあちゃんは、まるで星の人を知っているような風でした。
「おばあちゃんもね、昔星の人に会ったことがあるんだよ。そう、あれはわたしが６歳の誕生日の夜だった。」
ティナはおどろきました。
「じゃあ、わたしと一緒だね。」
「ああ、そうだったね。今日はティナのお誕生日だ。おめでとう。」
おばあちゃんはおもむろに立ち上がって、枕もとの引出しから小さなオルゴールを取り出しました。
「これは、おばあちゃんがその星の人からもらったオルゴールなのさ。」
ティナはそのオルゴールを前にも見たことがありました。
「そのオルゴール、たしか、おじいちゃんにもらったっていってなかった？」
ティナはその瞬間、はっと思いました。
「もしかして、おじいちゃんって・・・」
「うふふ、気づいたかい？」
おばあちゃんは、ゆっくりとそのオルゴールのふたをあけました。すると、とても懐かしいメロディーが部屋中に鳴り響きました。
「星の人は、きっとティナをおよめさんにする気なんだ。その気がなければ、目の前に現れたりはしない。そして、多分ティナをおばあちゃんのところにつれてきたのも、おじいちゃんが星の人だって知っていたからじゃないかしら。ティナも隅におけないねぇ。」
ティナは窓の外の夜空をみてこういいました。
「わたしね、ずっとあの夜空の向こうに人がいるんじゃないかって思ってたんだ。そして、いつか会いたいとおもっていたのよ。」
おばあちゃんもきっと同じだったのでしょう。
「星の人はね、そうして純粋な心をもっている人しか出会うことはできないんじゃないかね。」
しばらく二人は窓の外を眺めていました。
「あの子、わたしを迎えに来るのかな？」
「ああ、そのうちにね。」
ティナはいつのまにか眠ってしまいました。
次の日の朝、ティナは自分のベッドの上で目を覚ましました。
「あれ、何でわたしここにいるんだろう？」
確か夕べ、星の人とスコットランドのおばあちゃんのところへ行ったのでした。でも、今は自分の家のベッドの上です。
「夢だったのかな。」
ティナはちょっと残念な気持ちになりました。そうしていると、お母さんがティナの部屋に入ってきました。
「目が覚めたのね。パンとあったかいココアができてるわよ。」
そういいながらお母さんはカーテンを開けました。
「あら？」
お母さんはちょっとびっくりしています。
「このオルゴール、おばあちゃんのに似てるわね。」
窓の脇に、あのオルゴールがありました。
「でも、何だか新しいわ。なんでこんなところに？」
ティナはそれを見て、あれは夢じゃなかったんだと確信しました。
「それはね、純粋な心をもっている人がもらえるものなんだ。きっと星の人がわたしにくれたのよ。」
ティナは得意顔でいいました。お母さんは笑っていますが、ティナはお構いなしにお母さんの手からオルゴールを取り上げて、部屋を出て行きました。
その朝、ティナの食卓には、なんだか懐かしいメロディーが鳴り響いていました。