耳垢の恐怖

世の中には、耳垢が乾燥していてパサパサな人と、湿気が合ってネットリしている人がいるらしい。前者は東洋人に多く、後者は欧米人に多いのだそうな。そして、何故か私は後者なのである。つまり、私の耳垢は湿気があって粘っこい。何でだろう？典型的な日本人なのになぁ...

子供の頃、テレビドラマなどで、オヤジがかみさんの膝の上に頭をのせて耳掻きでコリコリと耳をほじくって、最後にふぅーっと吹いてその耳垢を飛ばすようなシーンを見て不思議に思っていた。耳垢というのは、吹いて飛ぶようなパサパサのものなのか？自分のは違うんだけどなぁと。それで、あれはきっと大人になったらあんな風になるんだ、と思い込んでいた。

ところが、小学校の教室で、同級生が小指で耳を穿って、それを吹いて飛ばしている様を見て私は衝撃を受けた。なんと、みんな耳垢はあんな風に乾燥しているんだ。じゃ、自分は異常なんだ。きっとみんなに異常に見られているんだ、と、ひどく落ち込んだものだ。

そんなことがなくとも、ただでさえその頃の私は、私が見ている世界は他人が見ている世界と違うのではないか、という、漠然とした不安感があった。自分は特別で、周囲の一般的な人とは感覚とか考え方とかが異質なんじゃないか、と思っていた。鏡に映っている自分が、小学校の他の子たちとは違う人間に見えた。いや、見た目は普通だけど、鏡で見る自分の姿と、他人の目で見る自分の姿というのは、別なんじゃないかとまで疑っていた。今にして思えば、それは、まさに自我というものを自覚し始めた頃だったかもしれない。

とにかく、そのようにバックグラウンドにあった不安感が、その耳垢の出来事で、決定的になった、実体化したような気がしたのだ。自分は異常である。普通ではない。この孤独感は、もう居ても立ってもいられないものだった。それは、初めて、自分はいつか必ず死ぬのだ、ということを知ったときの感覚に似ていた。

今にして思えば、これは笑い話である。たかが耳垢で、死と同様の恐怖を感じたのだ。子供の無知の為せる業だろう、と割り切ることができる。しかし、本当にそうなのか？今でも、何らかの恐怖を感じる可能性のあるものはある。そして、それについて無知ならば、私は、子供の頃感じたあの「耳垢の恐怖」と同様の感覚に陥るかもしれない...

2001/02/25

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