初めてのクオリア

仕事からの帰り、いつもの駅で改札に定期券を通し、雑踏を潜り抜けてホームに出る。階段からやや前方へ寄った位置に陣取り、電車が来るのを待つ。何の事はない、いつもの成り行きである。

私は社会に出て三年目だが、ここ横浜に配属されてから、ずっと勤務地は変わらず（小さな引越しはあったが）、出張もそれほどない。まるで判で押したような毎日を送っている。通勤などもすっかり馴れて、まるで周囲になど気遣うことはない。

しかし、私はいつからこんな感覚になったのだろう、と思った。多分、配属当初は、この通勤という行為も一定の新鮮さを感じていたはずである。職場もそう、私の住んでいるアパートもそう、アパートの近所だってそうである。平塚からここ横浜へ引っ越してきたあの日、今とは全く違った感覚で、この部屋にいたはずである。馴れ、とは、人の感覚自体を、徐々にではあるが、ほんの数ヶ月から一年もしないうちにガラリと一変させてしまう。

そう思って、もう一度同じ駅のホームを眺めてみる。あのときの新鮮な感覚を思い出そうとしてみる。そうすると、確かに、ある懐かしい新鮮味とでもいうものが甦ってくる。しかし、それはまさにその当時感じたあの新鮮さではない。あのときの感覚は、私はもう二度と感じることはできないのだ。

生まれてから今まで、初めての感覚、というのは、それこそ幾度となく味わってきた。初めてサンタクロースにプレゼントを貰ったときの喜び。初めてラジコンカーを手に入れたとき、そのラジコンを見る畏敬の目。初めて家族で旅行へ行ったときの感覚。家を建て直したときの新しい家の木の香り、畳の草の匂い。友達のうちで、初めてMSXというパソコンで遊んだときのあのゲームの面白さ...

その始めての感覚というのは、それぞれに全く違う感覚だったのだろう。しかし、その、初めて何かに出会ったときの感覚の根源は何か共通するものもあるような気もする。それは何なのか？もしかすると、そのような統一が図れて一つの概念にまとまったところで、そいつを「クオリア」などと称するのかもしれない。

...電車がホームに滑り込んできた。そういえば、ディーゼル車しか乗ったことのない、しかも、列車自体に縁の薄い田舎に暮していた私が、線路の上に架線のある電車に乗って興奮していたのは、そんな遠い昔ではない。それが、今はもう全く興味の対象外で、生活の一部と化している。ああ、そんなものなのかなぁ、と改めて思った。

2001/02/21

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