コックローチ戦記

実家への行きは、寝台特急「出雲」であったが、帰りは新幹線で帰ってきた。といっても、新幹線は山陰へは伸びていないので、京都まで特急列車である。これが意外に早い。まぁ車に比較すれば早いのは当然だが、それにしても、朝10時に鳥取を出て、夕方4時前には新横浜に着いてしまった。鳥取にいる頃は、東京、横浜などというところは、とっても遠い彼方であるように思っていたのだが、また随分と近くなったものである。

いつものことだが、駅のホームでは別れを惜しむ人たちが幾人か見られる。列車に乗る人、外で見送る人。私の場合、下手なドラマで別れを惜しむシーンを見せられるより、こうした実際の光景を見ている方が、現実感も伴って感傷的になれる。それも、若いカップルの別れより、田舎の祖父母と子供連れの家族の別れの方が感動的である。列車の中で半べそかいている子供、それを慰める両親、それを外から手を振って見送るおじいちゃんとおばあちゃん。ここに家族の原点がある！（と、私は思う）。

まぁとにかく、実家から帰ってきて、今世紀初めて我が家（というのは、アパートの私の部屋）に入る。と、そこで目に入ったモノは！？大事件である！ゴキブリが出現したのである。今まで３年ほどこの部屋で暮らしてきて一度も遭遇したことがなかったので、これは素晴らしいことだ、と思い、最近ではすっかり安心しきっていただけに、これはショックである。私はゴキブリが大嫌いなのだ。いや、ゴキブリが好きな人も珍しいが、あの映画“エイリアン”に出てくるような容姿がどうにも居た堪れないのである。生理的に受け付けないといったところか。

とにかく、それを目にした私はすぐに臨戦体制に入った。３年間全くお目にかかっていないだけに、殺虫剤やトリモチ系などの対ゴキブリの武器は持ち合わせていない。かといって、新聞を丸めて叩く場合、手加減すれば奴は大暴れして、部屋のどこぞとなくのた打ち回るに違いない。しかし、手加減なしに思い切り叩いたら、貴奴の内容物が飛び出して部屋（その下敷きとなった場所）を汚すことは必至である。

私は考えた。相手はゴキブリである。節足動物である。そして私は人間である。万物の霊長である（この場は）。それで猿知恵しか出ないようでは、その名が廃る。最も平穏にこの場をやり切る最善の策を捻出すべきである。そして出た結論が、奴を生かして部屋の外部へ追いやること。しかし、それは容易なことではない。奴の行動は全く無作為であり、行く手を何かで誘導したところで、アリのように素直に進路を選んではくれない。半ば強引なルートもとり得るのが奴である。

奴を殺さず、部屋の外部へ追い出す。そんなことができるのか。私は部屋を見回した。そして目に入った最終兵器、“掃除機”である。私はそーっとそれを手にとった。奴を見失わないよう凝視しつつ、後ろ手にその兵器の起動準備に入る。まず巻かれているコードを引っ張り出し、コンセントに差し込む。兵器の主砲の先にあるＴ字型のそれを取り外し、その砲塔を奴に静かに差し向ける...

スイッチオン！ファイヤーッ！
ずおおーーーん！
スポッ。

奴はその兵器の腹の中に吸い込まれた。とりあえずこの場は落ち着いた。あとでこの掃除機のパックを取り出して捨てねばならないが。それでこの件は落着となろう。しかし、ゴキブリは一匹いたら十匹はいる（百匹？）ともいう。安心はできない。ああ、新築に引っ越したい...

2001/01/06

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